福島県-福島市 | 匠たちの肖像 vol.⑤ 吾妻山の景色をお手本に盆栽をつくり続ける ぼんさいや「あべ」

福島県-福島市 | 匠たちの肖像 vol.⑤ 吾妻山の景色をお手本に盆栽をつくり続ける ぼんさいや「あべ」


福島県福島市のぼんさいや「あべ」は、開園90年以上の歴史を持つ老舗。山形と福島の県境に構える吾妻山の五葉松、その景色をお手本とした「空間有美」という作風を初代がつくり上げ、現在は3代目に引き継がれています。
ぼんさいや「あべ」は、五葉松を種一粒から育てあげ、自分たちが仕立てた盆栽を自ら進んで売ることはしてこなかったと言います。そこには約1世紀の間脈々と受け継がれてきた地元・吾妻山への思いと、独自の盆栽哲学が秘められていました。
今や盆栽は「BONSAI」として、海外でもその芸術性の高さを評価されています。
2008年の春、ぼんさいや「あべ」の3代目として家業を継いだ阿部大樹さんに、吾妻山と盆栽との関係や、これからの盆栽の可能性などについて、お話を伺いました。

盆栽づくりで1世紀近い歴史を刻む

ぼんさいや「あべ」初代の阿部倉吉さんは1908年生まれ。10代の頃から盆栽で才能を発揮。評判を聞きつけた人たちが県外からも次々と整姿・整形の依頼に来るほどだったと言います。その後20代半ばには修行のため上京してさらに技に磨きをかけ、盆栽の道を歩み続けました。そして1955年からの4年間は、皇居の盆栽の整姿・整形にも携わり、伝統ある国風盆栽展には倉吉さんが整形した皇居の五葉松が展示されるなど、日本屈指の盆栽作家として伝説的な存在となります。植物に造詣が深く、絵が得意で、1992年に亡くなる直前まで自然の樹形を描いた絵を多く残しています。
跡を継いだ2代目の健一さんは、初代の倉吉さんから「商売、金儲けを考えて盆栽をつくっては駄目だ、それでは良い盆栽はつくれない」と繰り返し言われていたそうです。折しも、高度経済成長期の波に乗って盆栽ブームが始まっていた頃。次第にブームの熱は高まり、やがてバブルの頃に極点に達します。夜も寝ていられないほどお客さんが訪れ、近所の人たちの助けを借りてお店を回していたそうです。
それでも初代の厳しい教えを片時も忘れることはなかったと、健一さんは当時を振り返ります。そんなぼんさいや「あべ」の棚に並ぶ盆栽は、種から育てた風格ある60年から90年ものが大半を占め、訪れる人々の目を楽しませています。それは、初代の「むやみに売ってはならぬ」という教えが今も引き継がれているためなのです。

(写真右から)2代目の父・健一さん、3代目大樹さん。
襖には初代倉吉さんが生前に描いた五葉松の絵が貼ってあります

庭棚で年月をかけてじっくり仕立てられた五葉松盆栽の数々

3代目を継ぐ契機

現在、ぼんさいや「あべ」3代目の盆栽作家として、日夜忙しく飛び回っている阿部大樹さん。しかし、4人兄弟の末っ子ということもあり、当初は家業を継ぐ意識はなかったと言います。
「大学卒業後は企業に就職するつもりでした。でも、就職活動が始まった頃、盆栽の道へ進みたいという意思を持ち始め、たとえ就職しても辞めちゃうんじゃないかと思って」と大樹さん。そのことを2代目に相談すると、神奈川県相模原市の盆栽園で修業をすることで話がまとまりました。「その人は、うちの親父と一緒に日本盆栽作家協会で活動していた先生なんです。親父とは作風が似ていないんですが、盆栽に対する取り組み方で一致する部分があったので、その先生のところに決めました」。
5年間の修業生活は、親方のアシスタントが基本。現場にずっと張り付いて仕事をサポートし続け、技術を学びました。「感性については、見て覚えるしかないんですね。親方からは何が良いとか悪いとか、そういう話はされませんでした。木を持ってきて、好きにつくっていいと言われたのも5年間の間で3回くらいだけです」。
そのような厳しい修業を終えた時、親方から次のように言われたのでした。
「阿部君、どんなにつくりたいもののイメージがあっても、技術がなければつくれない。しかし技術がいくらあっても、感性がなければ盆栽はつくれない。自分は技術を教えた、だからどういう盆栽をつくるかは自分で考えろ」
この言葉は今でも強く印象に残っていると大樹さんは言います。
感性と技術。これまで得た技術を元に、「どんな盆栽をつくるのか考えるのは自分」という親方からのメッセージを胸に抱き、大樹さんは福島市に戻ります。

仕事場で五葉松盆栽の手入れを行う大樹さん

吾妻山の景色が全ての源

盆栽の樹形の美しさには型があり、展示会などで名木とされるものを見て勉強するのがスタンダードとされています。しかし、ぼんさいや「あべ」は吾妻山の五葉松の自然樹形から、どのような盆栽をつくるべきか学んでいると言います。
「初代や2代目はずっと吾妻山に登り続けてきました。山には自然樹形の名木といわれるものがありますし、木の枝の一本、一枚の葉を幼い頃から見てきたので、その景色が頭の中に入っているんです」。
また、初代の教えは「山から木を掘ってくることなく、一粒の種から盆栽として育て上げていく」というものでしたから、種を蒔いて素材を作る「実生(みしょう)」がぼんさいや「あべ」の特徴です。

五葉松の種を蒔いて育てています。実生がぼんさいや「あべ」の最大の特徴です
(五葉松の種は国立公園内から特別な許可を得て採取しています)

大きな手入れは3年目から始まり、初めての植え替え「床剥がし」が行われます。その後、約2年に一度のペースで植え替えを続けながら、小根をつくっていきます。さらに5年目を迎える頃には、「曲付け」と呼ばれる、針金などで枝や幹を曲げる工程が入っていきます。
「苗木の段階でどういう樹形にするのか決めないといけません。例えば根上り(地中で分岐した根元の部分が表土から浮き出して露出している状態)をつくろうとしても、それは偶然できるものではないので、仕立てていかなければなりません。そのために山に入って、根上りがどうできているのかを観察して、その姿形を脳裏に焼き付けます」。
そして「どう仕立てるかは見立てにかかっている」と大樹さんは言います。「松は緑の部分を落とすと、それだけでもう芽が出なくなります。切った枝は二度と戻りません。ですから、見立てはすごく大事。その源となるお手本が吾妻山にはあるのです」。

吾妻山で風雪に耐えた五葉松
(写真提供:阿部大樹)

ぼんさいや「あべ」の実生60年生の五葉松盆栽。
吾妻山の自然美が再現されています

五葉松と盆栽

五葉松はマツ科の常緑高木で、山地に分布。針形の葉が5本ずつ束になっているのが名前の由来。吾妻山はその五葉松の日本三大産地の一つとして知られています。
五葉松の盆栽は、陽当たりの良い場所に置いて水やりに気を付けていれば初心者でも育てやすい盆栽です。年月をかけてしっかり仕立てることで、根の張り方や荒れた幹肌、枝の配置や葉の形態に風格と古木感が漂い、自然の中で育った五葉松の姿が再現されていきます。この点が大きな魅力であり、味わいです。
海外では盆栽向きの五葉松が生えていることは少ないため、五葉松の盆栽を持つことは一つのステータスともなっているようです。
五葉松の盆栽、一度は育ててみたい盆栽です。

見事な根上りの五葉松の盆栽

吾妻山には自然の造形美があふれています
写真提供:阿部大樹)

自然を美しいと感じる心

厳しい自然に耐えている吾妻山の五葉松を表現することが、阿部家の教えです。初代阿部倉吉さんは、そのような盆栽づくりに大切なこととして「空間有美」という言葉を掲げました。「空間には美しさがある」という普遍性に早くから気づき、盆栽の可能性を追求していたのでした。
このようにして生み出された阿部家の盆栽は、今や世界中に愛好者を増やしつつあります。「2010年に、モンブランの山岳ガイドをしていたフランスのルイスさんという人が祖父の書いた『五葉松盆栽の作り方』を読んで、うちに来ました。それで、彼と一緒に吾妻山に登り、五葉松の自生地を案内したんです。そうしたら、ものすごく感動していました」。
ルイスさんはその後ヨーロッパの盆栽雑誌に何度か投稿します。そこには、「山に生えている1本1本の木をこれまで盆栽的な感覚で見たことはなかった」「自分の山を見る目が変わった」「自然を美しいと感じる心は個の文化を超える」と書かれていて、大樹さんはルイスさんの記事に非常に感銘を受けたそうです。「芸術に対して意識が高いルイスさんが、僕と同じものを見て強く感動したわけですから」。現在もルイスさんとの交流は続いています。
「僕らがフランスのワークショップに招かれた時、見せたい木があると彼が言ったんです。案内されところは標高2,000m級の石灰岩の大地で、樹齢600年から800年くらいのとぐろを巻いたような松がいっぱい自生していました。彼と一緒にその景色を見ながら、こちらが正面だとか、この角度から見るといいとか、そういう話をするのがとても面白かったんです! “自然を美しいと感じる心は個の文化を超える”ことを実感した瞬間でした」。
「空間有美」という哲学を軸に、一緒に自然や盆栽を眺めて感動しあえる仲間が海外にもいることは、大樹さんにとって大きな心の支えになっているようです。

2014年に英語版が出版された初代阿部倉吉さんの名著『五葉松盆栽の作り方』。イタリア語・フランス語・スペイン語版も出版されています
(写真提供:阿部大樹)

2015年11月、ルイスさんの案内でフランス東部アヌシー付近の高原地帯に自生する松「ピヌス・ウシナタ」を観察して回ったときの写真
(写真提供:阿部大樹)

「空間有美」について

「盆栽というのは自然流でなければならない」と唱えた初代阿部倉吉さんは、盆栽をつくる上で大切なこととして掲げたのが「空間有美」という言葉です。これは、文字通り「空間には美しさがある」という意味で、盆栽は、空間が有する美しさを表現することが最も重要なテーマであると位置付けたのでした。
実際、ぼんさいや「あべ」の盆栽は、枝と枝との空間、幹と幹との空間、枝と幹との空間をつくり出すことで、幹肌や枝を見せ、その木が持っている個性や美しさを自然な形で生み出しているのがわかります。
「盆栽をつくる上では、常に空間には美しさがあるということを念頭に置いておかなければならない」というのが、初代倉吉さんの教えであり「空間有美」という言葉に込められた盆栽づくりの哲学なのです。

1992年初代倉吉さんが亡くなる直前に書いた「空間有美」の文字と吾妻山の風景画

ぼんさいや「あべ」の五葉松盆栽

苔玉づくりで盆栽に親しむきっかけを

大樹さんは苔玉づくりなどのワークショップを積極的に開催するなど、“盆栽の間口”を広げる活動にも力を入れています。
「以前から盆栽は社会的認知度がまだまだ低いのではないか思っていました」と大樹さん。実際に盆栽と直接関係のないイベントに盆栽を出展してみると、盆栽の隣にペットボトルが置かれるなど、大樹さんにとってショッキングなことが続きました。「目の前にこんなに美しい盆栽があっても、一般の人たちはこんなふうにしか見ていないんだなと実感しました」。このままでは盆栽は文化として残らないと思ったそうです。
「盆栽に馴染みがない人が、盆栽の世界に入りやすいきっかけをつくる、そのツールの一つが苔玉だったんですね」。そんなきっかけで始めたワークショップですが、今では年間の参加者がのべ200人ほどにもなっていると言います。
また、古民家を借りて季節の盆栽展を定期的に開催するなど、父・健一さんと共にぼんさいや「あべ」としての作品の発表も積極的に行っています。さらに、フランスをはじめ海外での盆栽教室や普及活動なども定期的に取り組んでいます。

苔玉づくりのワークショップの様子
(写真提供:福島市観光コンベンション協会)

完成した苔玉
(写真提供:福島市観光コンベンション協会)

「ぼんさいや『あべ』の夏飾り 2018」と題された盆栽の作品展(福島市・旧佐久間邸)
(写真提供:阿部大樹)

「ぼんさいや『あべ』の夏飾り 2018」と題された盆栽の作品展(福島市・旧佐久間邸)
(写真提供:阿部大樹)

フランス東部の町サンジェルベの小学校で行った苔玉づくりのデモンストレーション。子どもたちは初めて見る苔玉に興味津々の様子(2015年11月)
(写真提供:阿部大樹)

スイス国境近くのフランス東部の町グロワジーの「レマン盆栽クラブ」での指導風景。15人ほどの参加者を対象に2日間実施(2017年11月)
(写真提供:阿部大樹)

自然と共生する意識の芽を育てる

大樹さんは次の世代に吾妻山の魅力を伝えていく活動にも取り組んでいます。「そのひとつが、吾妻山五葉松自生地巡りツアーで、参加者に五葉松の前で自然樹形を盆栽になぞらえるなどの解説をして、ツアーを通して盆栽との接点を生み出す試みです」。今後は吾妻山の登山道を清掃するなど、環境整備ツアーも計画中だと言います。
また大樹さんはここ数年、地元の小学校の4年生を対象に、社会科や総合的な学習の時間の中で、盆栽作家の仕事や盆栽の魅力についての授業を行っています。「目的は吾妻山の素晴らしさを伝えることにあります。子どもたちが山や自然の美しさに気づくきっかけになるようなことができれば、授業をやっている意味があるんじゃないかな」と大樹さん。苔玉づくりの体験教室も好評とのこと。2018年7月には小学生を対象とした自生地巡りツアーも実施しています。
阿部大樹さんのお話を伺っていると、実生からの盆栽づくりと同様、吾妻山の麓に根を張り、遠い未来まで届く自然と共生する意識の芽を育てている姿勢が強く感じられました。

盆栽作家の仕事について話をする阿部大樹さん
(写真提供:福島市立庭塚小学校)

地元の小学生を対象とした五葉松自生地巡りツアー
(写真提供:福島市立庭塚小学校)

盆栽作家 阿部 大樹(あべ だいき)さん

1980年、福島県福島市生まれ。祖父は皇居の盆栽も手がけた日本屈指の盆栽作家・故阿部倉吉氏。 ぼんさいや「あべ」3代目。 大学卒業後、盆栽の道を目指し神奈川県の盆栽園で5年間修行し帰郷。 現在、父である2代目の健一さんとともに祖父が提唱した「空間有美」に基づく作風を追及し続けている。 海外では“ABE STYLE”と呼ばれ、スイスやフランスなどで盆栽指導を行うなどファンも多い。 また、苔玉づくりのワークショップや講演、盆栽展などを通して盆栽の認知度向上や魅力の普及に努めている。 近年は作品のモチーフでもある磐梯朝日国立公園・吾妻連峰に自生する吾妻五葉松の保護や利活用について勉強会を開催するなど活動の場を広げている。

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