気仙沼 | 匠たちの肖像 vol.④ メイド・イン・ジャパンにこだわり、新素材開発にも積極的に取り組むオイカワデニム

気仙沼 | 匠たちの肖像 vol.④ メイド・イン・ジャパンにこだわり、新素材開発にも積極的に取り組むオイカワデニム


宮城県気仙沼市南端の海沿いにあるオイカワデニムは、ジーンズなどデニム製品の製造・販売をしています。リメークジーンズやダメージジーンズ開発の草分け的存在で、特に縫製技術の高さは世界各国のバイヤーも舌をまくほどです。海外の展示会では「世界で一番丈夫」と評されたこともあり、ファッション通や各界の著名人に愛用者が多いジーンズとしても知られています。
東日本大震災では倉庫にあった約5千本のジーンズが津波に流され、その後20キロメートルほど離れた場所から見つかった40本は、がれきにもまれ、海水に漬かり続けたものの、糸1本のほつれもなかったことから「奇跡のジーンズ」と呼ばれるようになります。
港町の高台に佇む従業員22人の工場の製品が、ここでしかつくれない商品としていかにして世界で認められるようになったか伺うため、同社代表取締役の及川洋さんを訪ねました。

“ゼロ”からの出発

「オイカワデニムは漁の帰りを待つ女性が働ける場所として、呉服業を営んでいた父が1981年に創業しました。何もない状態での出発でしたが、大手ジーンズメーカーのブランド名で製造を請け負う『OEM』が順調にいき、1990年の後半まで20人ほどの従業員で大量生産に明け暮れる毎日が続いていました」と代表取締役の及川洋さん。
しかし、バブル経済が崩壊し始めた1991に創業者の父親が病気で他界してしまいます。
「景気が後退する中、母の秀子が事業を引き継ぎました。軌道に乗り始めた矢先、97年ごろ、今度は取引先のジーンズメーカーの生産拠点が中国など海外へシフトするという大波が押し寄せてきて、突然今日の仕事もないという状況に陥りました。そして、母が出した結論は『下請けからの脱却』でした。そのためには、自分たちで商品を開発し、販売しなければなりません」。まさに“ゼロ”からの出発です。
秀子さんは従業員一人ひとりに「この機会にどこにも負けないジーンズをつろう」と声を掛け、つくったものは自分のものにして持ち帰っていいので、「自分ではきたい」と思うような製品にするよう指示を出しました。ただし「全工程を一人で行う」という条件を付けたと言います。

自社ブランドをスタート

「自分のものをつくるとなると、『こんなジーンズをつくりたい』と言って、みなさん張り切るんです。これが奏功し、以前は分業制のため自分の担当する工程しか知らなかった従業員が、ジーンズの全工程を知ることで、面白い縫い方などお互いにたくさんアイデアを出し合うようになりました。そうやって切磋琢磨し、縫製技術を高め、幅を広げながら、出来上がった製品は私が持って営業に回りました」と及川さん。
2000年代に入って間もなく、及川さんは東京の外資系老舗ジーンズメーカーに招かれ、アメリカから古いジーンズなどを取り寄せ、使用されている繊維や染色、縫製方法などを研究するプロジェクトに参画しています。
「なぜこういうふうにつくられているのかを考え、理詰めで徹底分析するプロジェクトでした。非常に貴重な体験でしたし、勉強になりました」。
そのジーンズメーカーから、アメリカで20年間寝かせておいた生地を使って数量限定で501本縫製する仕事の依頼があったのは、ちょうどそのころでした。オイカワデニムの技術力の高さがうかがえるエピソードです。
一方、ミシンを改造してデニム業界で初めて綿糸の代わりに強度のある麻糸でデニムを縫えるようにするなど、他社が真似できない技術改良も行い、蓄積してきたノウハウをフルに生かした自社ブランドが2005年にスタートした「STUDIO ZERO(スタジオゼロ)」でした。
「ゼロは数字の“0”がオイカワデニムの“O”になりますし、円形の中に希望や夢を詰めて商品をお届けしたいという思いを込めました。下請けから脱却し、自社ブランドでゼロから出発するという決意の意味もありました」と及川さんは言います。

メイド・イン・ジャパンの底力

「STUDIO ZERO」のブランドコンセプトは“メイド・イン・ジャパン”でした。
「国内で流通するデニム製品で、糸をつくって生地を織り、染色から縫製までの一連の流れをすべて日本人の手で行うメイド・イン・ジャパンは、当時5%くらいしかありませんでした。そこで『STUDIO ZERO』は徹底的にメイド・イン・ジャパンにこだわり、高品質なジーンズをお客さまへお届けすることにしたのです」。
メイド・イン・ジャパンにこだわったもう一つの理由は「技術の継承」だと及川さんは言います。「自分たちの技術を後世にも残したい」そんな思いを乗せて「STUDIO ZERO」はスタートします。
「2006年のことでしたが、営業で東京出張の折、飲食店で『そのジーンズはどこのだ?』と、外国人に声を掛けられたんです。『自分が作った』と答えたら、『いいね!』と言われ、そこで別れたのですが、その人は洋服の買い付けをするバイヤーで、後日、人づてに私の連絡先を調べ、『展示会にブースを用意したからイタリアに来い!』と突然連絡が入ったのです。毎年フィレンツェで開かれている『ピッティ・ウォモ』という大勢のバイヤーが訪れる大規模な展示会で、これに参加することができました」。
そして、何年か参加する間に海外バイヤーの間で評判となっていった「STUDIO ZERO」は、メイド・イン・ジャパンのプレミアムブランドのジーンズとして、イギリス、ドイツ、スウェーデン、イタリア、ベルギー、ロシアで販売され、その耐久性と風合いが高く評価されるようになります。
「麻糸を使ったジーンズは、綿糸で縫製したときの倍以上の耐久性が備わるといわれていますが、品質やデザイン力を含め、気仙沼の町工場からメイド・イン・ジャパンの底力を示すことができたように思います」と及川さんは振り返ります。

デニムの繊維も“メイド・イン・ジャパン”
(写真提供:オイカワデニム)

世界が認めた品質を支えるオイカワデニムの工場
(写真提供:オイカワデニム)

震災と「奇跡のジーンズ」

全てが順調に進んでいたかと思ったのもつかの間、東日本大震災が起こります。オイカワデニムも総額4億円以上の被害が出ました。海岸そばの倉庫に保管してあった約5千本のジーンズが津波に流されてしまいます。しかしその後、20キロメートルほど離れた場所から見つかった40本のジーンズは、瓦礫にもまれ海水や油につかり続けたにもかかわらず、糸1本のほつれもなく、やがて「奇跡のジーンズ」と呼ばれるようになり、復興のシンボルとして被災者を勇気づけたのでした。
高台にあったため津波の被害を免れたオイカワデニムの工場は、震災後、家を流された従業員や地元住民ら約150人の避難所となり、約4カ月間共同生活を送ることとなります。
家も仕事もなく、意気消沈する人たちと過ごす中で、及川さんは母の秀子さんと共に、「働くことが真の復興につながるのでは」と考えはじめ、社員を呼び戻し、4月4日に工場を再稼働しています。

震災当時の泥が付いたままの「奇跡のジーンズ」

高台に建つ工場からの景色

地域資源を生かしたソーシャルワーク

「オイカワデニムのポリシーは地元の人たちと地域資源を生かし、オリジナリティーや品質、デザイン性の高い商品を生み出していくことにあります」と及川さん。
その思いが形になったのが、震災後に立ち上げたデニム地のバッグや小物の自社ブランド「SHIRO(シロ)…0819」でした。
4月に再開したオイカワデニムでは、震災で仕事を失い、ミシンも使ったことがない人も工場で働けるよう、簡単な直線縫いだけでつくれるデニムのトートバッグの製作を始めました。
そして、避難生活を送る中、地元の漁師たちとの交流がヒントとなり、及川さんは、サメの革やアワビやカキなどの貝殻、さらには津波に漬かった大漁旗や漁網を使用した「SHIRO(シロ)…0819」ブランドでの商品開発に取り組んでいます。
「漁師さんからいただいた大漁旗を差し色としてトートバッグのポケットの縁に使用しました。震災の記憶を忘れないでほしいというメッセージ的な意味合いも込めています」。「SHIRO(シロ)…0819」によるこうした展開について及川さんは「地域の雇用を確保し、ここでしかつくれない製品を世界中へ届け、売り上げを地元漁協などへ寄付したり、世界中の自然災害への義援金に充てるためのソーシャルワークとして位置付けています」とその狙いについて語ってくれました。

ポケットの縁(ふち)に大漁旗を使用したトートバッグ

サメ革と漁網を使用したショルダーバッグ

地域資源を生かして新素材を開発

漁師との交流から生まれた成果がもう一つありました。着目したのはメカジキの長い角(吻:ふん)でした。気仙沼はメカジキの漁獲量が日本一ですが、メカジキ捕獲後、角が捨てられていることを地元漁師から聞いた及川さんは、これを地域資源として生かそうと考え、試行錯誤の末、粉末化してオーガニックコットンの繊維の芯に織り込んだ新素材の開発に成功したのです。
新素材には、防臭性、抗菌性、難燃性などに加えリン酸カルシウムが含まれていることから保湿効果があるなど、大変優れた機能があることも分かりました。スタートから2年がかりとなったその新素材を使用したデニム地の「メカジキジーンズ」は2015年に発売開始となり、大変話題になっています。
「こうした地域資源を生かした新素材開発は地域に根ざした企業として積極的に取り組んでいる領域です。加えて、技術や品質と並ぶ自社ブランドの強みにもなります」と語る及川さん。
現在、メカジキ以外の廃材を活用した製品開発にも取り組んでおり、どんな素材や製品開発が展開していくか、今後に期待が膨らみます。

メカジキの角の粉末をオーガニックコットンの繊維の芯に織り込んだ繊維のサンプル

メカジキの角と製品化されたジーンズ。ボタンなどに金属を一切使わず土に還せるようエコにも配慮

メカジキの角を使った新素材はこうしてつくられた

カジキ類は水面近くを泳ぐ魚を追いかけて捕食しますが、メカジキはイカや深海魚なども食べて成長します。長く伸びた角(吻)をエサとなる小魚にぶつけて気絶させたりして捕まえます。この角は用途がないので漁獲の際に捨てられていましたが、オイカワデニムでは資源の有効活用の観点から、東北経済連合会ビジネスセンターと宮城県産業技術総合センターなどの支援・協力を得て、メカジキの角を使った新素材生地の開発チームを立ち上げました。
一般に生地には獣毛などの自然繊維や化学繊維が使用されており、水生動物の生地はなかったため、繊維界初めての取り組みでした。
もっとも苦労したのは角の粉砕(ふんさい)でした。メカジキの角は硬いだけでなく中がハニカム構造になっており、弾力性があったためです。そこで粗く砕いてから微粉砕まで4段階の工程で粉砕する方法を開発したのです。そして、粉状にして繊維の芯に直接織り込んだ生地の開発に成功します。
こうしてできた新素材は、海外輸入品に押されている繊維製品に対し、シェア拡大の切り札となるのではと注目されています。

ハニカム構造のイメージ図

メカジキ

真摯にオンリーワンを追い求める

「自社ブランドを立ち上げる前は委託先の仕様どおりに製造するだけでしたが、自社ブランド立ち上げ後は企画から対等に関わり、有名セレクトショップとのコラボレーションなどといった業務形態も増えていきました」と及川さん。自社ブランドを持ったことで、業務のスタイルもよりオリジナリティーを発揮できる方向へと変化したようです。
「STUDIO ZERO」のデニムは「リジッド」と呼ばれる防縮加工していない未洗いの「生デニム」と糊抜きしたワンウォッシュのみの展開です。
その理由は「最初は生地がかたく感じられるかもしれませんが、5年、10年とはき込むうちに体になじんでいき、アタリが付いたり、シワ状の色落ちが出たりと、その人のオリジナルジーンズが出来上がる楽しみがあるからです」と及川さん。
「私は、モノづくりを通して人々の幸せのためにどういうコトができるのかを常に考えています。そのためにも丈夫で長持ちするジーンズを一針一針丁寧につくろうと心がけています」と言う及川さんの言葉には、真摯にオンリーワンを追い求める姿勢がにじみ出ています。
バックポケットに施された立体的な「Z」のステッチ。“ゼロ”からモノづくりを始めた及川さんの思いが縫い込まれているように感じられます。

一針一針につくり手の思いが縫い込まれている
(写真提供:オイカワデニム)

ジーンズの基礎知識

デニム

フランスの「ニーム産のサージ」(serge de Nimes)に由来。縦糸に色糸、横糸に漂白した糸を用いた、厚地綿織物の一種。張りがあり、耐久性に優れています。ちなみに写真のオイカワデニムの「OP-1」の素材はメカジキ繊維混オーガニックコットン岡山産13oz(オンス)。

革パッチ

ジーンズの右後ろのベルトループの近くにある紙や革でできたラベルのこと。写真は2012年9月15日に気仙沼市鹿折で見つかった「奇跡のジーンズ」。革パッチに油のシミが残っています。

コインポケット

右前にある小さなポケット。元々は懐中時計を収納するために考案されたポケットとされ、ウォッチポケットとも呼ばれていました。しかし、腕時計の普及とともにコインポケットと呼び名が変わったといわれています。

ボタンフライ

ボタン仕様のフロントを表す言葉。使用されるボタンは金属製が多いのですが、写真のオイカワデニムの「OP-1」は土に還るナットボタンと呼ばれるタグワ椰子という椰子の実の種を原料にした天然素材のボタンを使用。

セルヴィッチ

生地の端 “耳” のこと。この耳とよばれる部分に赤や青の色糸を入れることが多いことから、赤耳・青耳などと呼ばれることが多いようです。

チェーンステッチ

チェーンステッチとは、表は一般的なシングルステッチと同じですが、裏はチェーンのように見えるステッチ方法です。チェーンステッチの利点は、縫製に綿糸を使う場合が多いことから、洗濯を重ねるとその綿糸がデニムと同様に縮むため、独特の立体的なねじれやアタリが出て、味わいのある色落ちが楽しめることです。

有限会社オイカワデニム 代表取締役社長 及川 洋 (おいかわ ひろし)さん

1973年、宮城県気仙沼市生まれ。91年気仙沼高校を卒業し、デニム衣類の企画・製造・販売を行う家業のオイカワデニム入社。企画やデザイン、営業を主に担当。2004年常務取締役。16年に母秀子さんが勇退したことに伴い、代表取締役社長に就任。現在、従業員数22人。オリジナルブランド「STUDIO ZERO」「OIKAWA DENIM」「SHIRO 0819」の3ブランドを保有。歌手や野球選手などの著名人にもオイカワデニムファンは多い。気仙沼が漁獲量日本一を誇るメカジキの角(吻:ふん)を繊維の芯に織り込んだデニム地の「メカジキジーンズ」も話題になっている。「SHIRO 0819」は東日本大震災後立ち上げたソーシャルワークのブランド。被災した大漁旗や魚網を使ったバッグ類の製造などユニークな取り組みと併せ地域の雇用確保にも貢献。

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